こんにちは!はっさくです。
私たちは発達障害グレーゾーンの凸凹夫婦。お互い感情を介したコミュニケーションがあまり得意ではありません。言葉が多すぎたり、少なすぎたり、単語が難しすぎたり…「いい塩梅」というのがどうも苦手( ̄▽ ̄;)
そのくせ2人とも敏感さん(HSP)で、相手のちょっとした言動に傷ついてしまいます。
互いに傷つけ合いながら対話を重ねる中で、コミュニケーションに対する捉え方が変わり、お互い工夫できることが増えました。
ありったけの言葉を尽くしても「伝わらない」
「言葉を尽くせば必ず伝わる」
昔からそう思っていたし、そのように育てられてきました。
感情表現が苦手だった私に、母はたくさんの言葉を教えてくれました。
だから、どんなときでも、相手とわかりあえないのは言葉が足りないからで、自分が持っているありったけの言葉を尽くせば、人と人とは必ずわかりあえる、そう思っていました。
夫と出会うまでは。
恥ずかしながら、夫と一緒になって、「言葉に詰まる」ことが増えました。
最も近くて、最も信頼している、最愛の人の前で、こんなにも伝えたい気持ちでいっぱいなのに・・・
自分の中のありったけの言葉を尽くして挑んでも、ちっともわかりあえないときがあるのです。
「私はもう、これ以上言葉を持っていない」
「あなたに気持ちを伝える手段が何ひとつない」
それはもう、もどかしくてもどかしくて、白旗を振りたくなるほどの無力感を感じる瞬間です。
しかし、この「ありったけの言葉を尽くしても伝わらない」もどかしさが、コミュニケーションにとってすごく大事だったりするのです。
「わかりあえないことから」はじめればいい
数年前に読んだ平田オリザさんの著書『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(講談社現代新書、2012)の中に、興味深い一節があります。平田さんは、日本のコミュニケーション教育の多くは「わかりあう」ことに重点が置かれてきたと指摘した上で、このように述べています。
わかりあえないことから出発するコミュニケーションというものを考えてみたい。そして、そのわかりあえない中で、少しでも共有できる部分を見つけたときの喜びについても語ってみたい。(p5)
・・・「伝えたい」という気持ちはどこから来るのだろう。私は、それは、「伝わらない」という経験からしか来ないのではないかと思う。(p25)
「わかりあえない」「伝わらない」。だからこそ、強烈に「伝えたい」。
「ありったけの言葉を尽くしても伝わらない」もどかしさ。これこそがコミュニケーションの原動力だったのですね。
夫と「わかりあえない」ことに悩み、「わかりあわなければならない」という強迫観念に駆られていた時期もありましたが、「そもそもわかりあえないものなんだ」と思うようになって、だいぶ気が楽になりました。
少しの工夫で「わかりあえる」が増える!
自分と相手は違う。だから「わかりあえな」くて当たり前。そんな中でいかに「わかりあえる」部分を増やしていくか。そのことを長年考え続けてきました。
凸凹夫婦なりにコミュニケーションを試行錯誤した結果、以下のことをちょっと工夫するだけで、「わかりあえる」瞬間が格段に増えることがわかりました。
自分や相手の心身の状態を知る
凸凹夫婦の私たちは、その日の心身の状態とコミュニケーション善し悪しが大きく関係します。なので、自分や相手の心身の状態を常に把握するようにしています。
自分に怒りなどの強い感情があるときや、相手の心身が不安定なときは、少し時間を置いてみるのも◎
言葉は過不足なく、シンプルに
感情を忠実に伝えようとすればするほど、言葉を重ねてしまったり、難しい言い回しになりがち。そんなときは、感情そのままではなく、できるだけシンプルに、過不足なく伝えられるような言葉に言い換えてみます。
言葉の意味をすり合わせる
ひとつの単語でも、自分と相手が同じ意味でそれを使っているとは限りません。話がかみ合わなくなったら、「その言葉の意味って、〇〇で合ってるかな?」と確認することが大切です。
自分の中の「当たり前」を見直す
自分の中で「当たり前」になりすぎて、知らず知らずのうちに説明を怠ってしまっている部分がないか。「普通○○だろ」「△△してくれるはずだろ」の、○○や△△の部分がズレたままコミュニケーションを続けても溝が深まるばかりです。
自分の「当たり前」と相手の「当たり前」は常にズレている、そういう前提に立ってコミュニケーションをとると、見えなかったものが見えたりします。
チャンネルを相手に合わせる
自己流のコミュニケーションを突き通しても、伝えたい相手に伝わらなかったら本末転倒。なので、相手にわかる言葉、声のトーン、シチュエーションを選ぶなど、はじめから伝えたい相手にコミュニケーションのチャンネルを全面的に合わせるようにします。
冷静なときに、お互いにとって気持ちのよいコミュニケーションとはどんなものかを話し合っておくと◎
非言語のコミュニケーションを大切に
表情やスキンシップは、言葉にならない感情を補ってくれます。
また、「表現しない」こともコミュニケーションの一表現ととらえるようにしています。「今は話したくない」というときは、無理に話そうとしなくていい。そうやってコミュニケーションの逃げ場をつくると気が楽になります。
おわりに
「ちがい」は当たり前。「ちがっている」からこそコミュニケーションに深みが増します。
一度で「わかりあおう」とせず、少しずつお互いの共通項を増やしていくことが大切ですね。
「わかりあえない」中で、強烈に「わかりあいたい」と思える相手がいることに感謝!
はっさく夫婦のコミュニケーション修行はこれからも続きます(*^▽^*)
おしまい!